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【狂気の代償】俳優の心身を破壊した伝説の映画3選:キューブリック、コッポラ… 名優を追い込んだ壮絶な撮影

役作りへの過剰な没入や完璧を求める過酷な撮影は、時に演じる人間の精神に計り知れない負荷をかける。だが、そうして心身の限界を超えて役や映画と一体化することで、観客の心に残る名作が誕生した例も多い。

今回はそんな俳優を精神的・肉体的に追い込んだ映画を紹介する。


『マシニスト』クリスチャン・ベール:減量が招いた自己の喪失

映画『マシニスト』(2004年公開)は、1年間不眠症に悩まされ、極度に痩せ衰えた工場作業員が、現実と妄想の区別がつかなくなり、自身の過去の秘密に迫っていくことになるというサイコサスペンススリラーだ。

主演のクリスチャン・ベールは、この主人公を演じるため、1日に口にするのは水とリンゴ1個のみ。摂取カロリーは最大で200kcal(アメリカ人の成人男性の平均摂取カロリーは3800kcal)という生活を敢行。これにより数ヶ月で約28kgもの急激な減量に成功した。

82kgから54kgに落とすために行った極度の飢餓状態は、肉体的苦痛だけでなく、孤独感や情緒不安定といった精神的な影響をもたらせたという。ベールは「体を動かすのも億劫になり、感情の起伏がなくなり、まるで自分の体ではない感じだった」と語っている。冒頭の画像は劇中のベールだが、CG無しでここまでの減量をやってのけたのだから、そのような感覚に陥るのも納得できるところだ。

鬼気迫るほどの役作りだが、恐ろしいのは、ベールの目標はもっと高かったことだ。ベールが自身の身長165センチから割り出した目標体重は45kg。写真の状態からさらに9kgもの減量を目指していた。これはさすがに無理だとスタッフも止めに入り、ベールも断念することに。

主人公が抱える不眠と被害妄想に苦しむ病的な雰囲気を、言葉を超えたレベルでリアルに表現した役づくりは、本作に大きく貢献することになった。ベールの衝撃的なビジュアルと鬼気迫る演技は、サスペンスとサイコホラーが融合した異様な世界観を作り上げ、作品の評価を決定づけた。

なお、ベールが本作の次に挑んだのは『バットマン ビギンズ』だったが、今度は筋肉隆々の体型にする必要があり、トレーニングとピザなどのハイカロリーな食べ物を大量に摂取するという方法で、半年で45kgもの増量を果たした。だが、監督のクリストファー・ノーランから「太り過ぎだ」と指摘され、そこから10kg近く減量することになったという。

『時計じかけのオレンジ』マルコム・マクダウェル:キューブリックの「残酷な」要求

スタンリー・キューブリック監督の『時計じかけのオレンジ』(1971年)は、暴力と自由意志をテーマにした映画史に残る傑作である。未来のロンドンを舞台に、非行少年アレックスが矯正施設で受ける心理療法「ルドヴィコ療法」を通じて、人間の本質を問われることになる衝撃的な内容の作品となっている。

だが、本作の撮影は、キューブリック監督の完璧主義がもたらした過酷な要求によって、主人公アレックスを演じたマルコム・マクダウェルの心身に今も消えない傷痕を残すこととなった。

アレックスが保護観察官に唾を吐きかけられるシーンでは、キューブリックは完璧を求めるあまりリテイクを何十回も重ねた。ついに保護観察官役の口内はカラカラになり唾が出なくなるほどで、マグダウェルは幾度となく唾を吐きかけられたことで精神を消耗させられたという。

また、アレックスが水槽に頭を沈められるシーンでは、呼吸用のパイプが機能せず、マクダウェルは窒息死寸前の危機的状況に陥った。だが、キューブリックはマグダウェルの状況に我関せずで、屈辱的なシーンを完璧にするため、その状況下でも何十回にもわたってリテイクを繰り返した。

極めつきは、アレックスの暴力性を封じるため強制的に暴力映像を見せられる「ルドヴィコ療法」のシーンだ(冒頭の画像のシーン)。撮影に入る前、キューブリックはマクダウェルに、強制収容所や積み重ねられた遺体などを含む凄惨な映像を毎日観せ続けたという。これは、アレックスが受ける精神的なトラウマを、マクダウェル自身にも植え付けるためのものだったといわれている。

さらに、このシーンの撮影本番では、まぶたを強制的に開くために手術器具が使用されたが、マクダウェルは、この器具によって角膜を繰り返し傷つけられることになった。激痛を訴えたにもかかわらず、キューブリックはもちろん撮影を続行。自身が求める芸術のためなら俳優の心身の苦痛など顧みない、キューブリックの非情なまでの徹底ぶりを物語る逸話となっている。

撮影後には、報酬をめぐる問題もあった。マグダウェルはスタジオ幹部から、「キューブリックは君に映画の興行収入の2.5%を受け取る権利を与えた」と聞かされていたが、キューブリックはその報酬をマクダウェルに支払わなかった

マクダウェルは、求められることを全て受け入れ撮影を全うしたのに、それに見合う正当な扱いを受けられなかったことに、精神的にひどいショックを受けたという。だが、出来上がった作品は映画史に残るほどの傑作だった。キューブリックとの仕事は「あまりにも過酷だった」と語っているが、同時に「自身の俳優としてのキャリアを決定づける作品になった」との言葉も残している。

『地獄の黙示録』チャーリー・シーン/フランシスフォード・コッポラ:狂気が生んだ撮影地獄

フランシス・フォード・コッポラ監督の『地獄の黙示録』(1979年)は、ベトナム戦争下のカンボジア奥地を舞台に、狂気にとりつかれたカーツ大佐を暗殺する使命を受けたウィラード大尉を描いた作品で、こちらも映画史に残る傑作である。

だが、その撮影は、単なる困難を超越し、参加者全員の肉体的、精神的、経済的な限界が試される、「この映画の撮影こそが地獄だった」と言われるほどのものとなった。

撮影地フィリピンのジャングルは、キャストとスタッフを肉体的な極限状態に追いやった。主演のマーティン・シーンは赤痢に罹って体調を崩し、共演者やスタッフの間では伝染病が蔓延した。さらに、劇中に登場するヘリコプターはフィリピン軍から借りた本物だったが、現地のゲリラ掃討作戦が優先されたため、撮影中にヘリが突然飛び去るという異常事態が頻発。戦争と映画撮影が常に曖昧な状態だったという。

主人公ウィラード大尉を演じたマーティン・シーンの役作りは、壮絶を極めた。映画冒頭、ウィラードがホテルで暴れる場面では、シーンが飲酒し、鏡を叩き割って手を切り、流血しながらも演技を続けるという錯乱状態に陥った状態で撮影された。さらに撮影後半、極度の疲労とストレス、過度の飲酒により、シーンを重度の心臓発作が襲った。病状は深刻で、撮影のために、コッポラは密かにシーンの弟を代役として待機させたほど予断を許さない状態だったという。

当初6週間で完了するはずだった撮影期間は、最終的に238日間(約16ヶ月間)という途方もない長さにおよんだ。予算は1200万ドルだったが、最終的にかかった費用は3150万ドルにまで膨らんだ。コッポラ監督は自身の全財産を抵当に入れ、自己破産寸前に追い込まれた。そんなコッポラの精神的な疲弊や台風によって何度もセットが破壊されたことで、撮影は伸びに伸びた。スタッフの中には「撮影は永遠に終わらないのでは」と感じる者までいたという。

コッポラを追い詰めたもう一つの要素が、終盤に登場するカーツ大佐役のマーロン・ブランドだった。ブランドは物語の重要な役どころを担うベテラン俳優として巨額のギャラを要求したにもかかわらず、体重超過の状態で現場に現れ、脚本もほとんど読んでこなかった。

全財産を投げ打って撮影してきたのに、ブランドがジャングルの狂人役には到底見えない肥満体で現れたことに、コッポラは愕然としたという。

ブランドの撮影シーンではこの難問を乗り越えるための創意工夫を求められた。ブランドはセリフを全く覚えなかったため、コッポラは撮影のたびに彼の周りを歩き回りながら耳元でセリフやヒントを囁く必要があった。カーツ大佐のセリフの多くは、この極限の状況下で生まれた即興演技がほとんどだったが、それが逆に印象的なシーンとなった。

また、ブランドの肥満を隠すため、撮影チームはカーツ大佐を常に暗がりで撮影し、シルエットとして撮影することを強いられたが、これも意図せずキャラクターに神秘性を与える結果となった。

撮影はあまりに過酷で、コッポラは日記に「この映画は私を喰い尽くすだろう」と記すほどだった。だが、地獄のような撮影は、映画に他の追随を許さないほどの生々しいリアリティと狂気をもたらし、『地獄の黙示録』は映画史に残る傑作となったのだ。

まとめ

いずれも役者や監督を極限まで追い詰めることになったが、そうした苦労が作品作りに大きく貢献した作品になっている。興味を持っていただけたならぜひ鑑賞みていただきたい。

『マシニスト』は、極度の不眠と疲弊によって現実と妄想の区別がつかなくなった男の心理に迫る作品で、緻密なサイコサスペンスを好む方におすすめの作品だ。

『時計じかけのオレンジ』は、未来の管理社会における暴力と自由意志という重厚なテーマを、過激で挑発的な映像表現を通して描いている。バイオレンス映画が好きな方やアート系の映画が好きな方も楽しめるものと思う。

『地獄の黙示録』は、ベトナム戦争下の密林を舞台に、人間の狂気と混沌を描き切った壮大で哲学的な戦争叙事詩だ。単なるアクションを超えたスケール感と深いテーマ性を求める方なら圧倒される作品となることだろう。

後半の2作品は映画史において揺るぎない地位を確立しているものなので、特に鑑賞することをおすすめしたい。

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